神之嶺 古地図

神之峰の古地図を見ると八之嶺の上に家があるようです。神社のマークも寺のマークもないので、普通の家だと思うけど、私の親の話だと、八之峰には寺があったと聞いた、

私が小学校時代は八之峰は遊び場で建物の基盤が残ってる感じでした。
八之峰は昔は「はちねん」と呼ばれていたようですが、グスク地名好きの徳之島の人が何故八之峰グスクと呼ばないのか
以前より不思議、、ひょっとしたら、別の人たちが住んで居たのか?

又、神之嶺小学校の校歌に「鎮守八幡」の歌詞があるが、私はこれは八之峰の建物についてかと考えていますが、
井ノ川に八幡神社があるので、これは井ノ川の事といわれると否定もできない、

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2 Responses to 神之嶺 古地図

  1. 暇人 のコメント:

    近場にシンデバマが在るのに昭和40年生の暇人達の年代の学校水泳はハチノミネを通り彼方の海岸での授業(珊瑚礁で膝の怪我をおい今だ膝の傷が目立つ)、当時シンデバマは海水の流れが激しく(先輩の水難事故)禁止区域になったと記憶してる(?時代が錯誤してるかも)

    ハチノミネ頂上付近を通ると建物の遺物を当時見た記憶がある、まあやがて半世紀近くの暇人の記憶ですが!!     でも積み石墓の痕跡が残る可能性がおおいにあるハチノミネ!!(他にも、あまり記述するとイラン連中が!!)

  2. isamu のコメント:

    確かシンデバマは満潮時の離岸流が早くアッという間に沖まで流されるらしい、
    水難事故は私より先輩かな、、少し記憶がある。

    私が小学校の頃はそれこそ、ラボの前の海岸だった。

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