徳之島を襲った津波 結論?

国土地理院の海抜表記を利用して、ある程度細かく調べました、

そしてまとめましたが、全文は個人表記等あるため非公開です。大体の要約を、

津波の規模は平土野で19メートル、犬田布で17~18メートル

太平洋側の井ノ川で12メートル、亀津で10メートル位で震源は東シナ海側で、火山性の可能性が高そうです。津波発生時は明治20年以前、、

有名な喜界島地震が明治44年で、津波の高さは4メートルほどで別物だと解りました。

引き続き情報が入り次第整理する予定、伝承である程度絞って、その後、津波石等で

物証の検証となると思います。

今回の話は大分前から聞いて知ってた事ですが、余り興味が無く、まとめていませんでした。今回20メートルに達するような津波は奄美で記録が無いと聞き整理しました。

もう少し調査して確定したら、現在、町史編纂中なので、その中に加えてもらう事に、

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徳之島を襲った津波2

相変わらず徳之島マガジン製作中です。大体80パーセント完成、もう少し、
作っていて時間がかかるのは、写真探し、酷い時は数時間もかかる時がある、まぁ、置いといて、、、

20メートルの津波が来た場合の海岸線を調べようと思い、作ってみました。
20メートルの地図は徳之島の形が大正時代の地図に似てる。
部分的にみると、亀津が面白い、3か所の神社すべてがギリギリセーフの場所に建ってる、
以外と過去の津波を知って作ってるような感じです。

 

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徳之島を襲った津波、

100年以上前に20メートルを超える津波があったようで、地層の成尾先生の依頼で津波石を調べていると、
私が以前聞いた話を色々思い出し、まとめる事にしました。

以前、犬田布の御崎神社に行ったさい、牛が海に落ちて死んだので、安全祈願のためこの神社を作ったと
聞いたが、大体、牛が勝手に海に飛び込む事は考え難くその時は漠然としていましたが、
去年、小原海岸の事を調べるため、犬田布の建設会社の社長と話したさい、
御崎神社の後ろの石は以前方向が違っていたが、津波で方向を変えたという話を聞きました、

御崎神社の標高18メートル、石の高さ、2メートル、最低20メートル近い波が来ないと石は動かない
後、井ノ川の津波の伝承、平土野の伝承合わせて検討するとやはり、20メートルを超す津波、、
これを先生に伝えると、100年前、喜界島震源の津波は4メートル位らしい、これ以外に近海で地震があったと思うが
今のところ、資料とか、見つかっていない、いずれ、解ると思う。

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コンパスを持って行けば、

良かったのに、忘れたので、大体の予想ですが、この場所は、夏至の朝日が丁度、上る場所かもしれない。
今度行く時はコンパス持参で、正確に測ろうと思います。

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名のあるウタキ?

最初見た時は雰囲気はあるもののそれほど感じなかったが、

台風接近で砂がかなり減って現在は以下のようになっています。これを見ると
昔はかなりの聖地だったのではと思って記録を調べるが、記録には無いしかし、
長年この手の場所に行った私の勘では間違いなくそう思う。


 

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